技能実習の落とし穴と行政処分対策:中小企業がすべき3大チェック

外国人技能実習制度は、我が国の技術・技能を開発途上国等へ移転することで、国際貢献を果たすことを目的とした重要な制度です。同時に、人手不足が深刻化する中小企業にとって、即戦力ではないものの、長期的な人材育成の観点から貴重な労働力を確保する手段ともなっています。
しかし、この制度は「国際貢献」という崇高な目的を持つため、労働力の需給調整の手段として利用することは明確に禁止されています。この基本理念に反した不適切な運用は、深刻な法令違反となり、実習実施者(受入れ企業)に対する行政処分(改善命令や認定取消し)という重大なリスクにつながります。
本記事では、技能実習生の導入を検討している、または既に受け入れている中小企業の皆様が、行政処分という「落とし穴」を回避し、制度を適正に運用するために導入前から導入後にかけて必ずすべき「3大チェック」と具体的な対策を、専門的な内容を分かりやすく解説しながらご紹介します。
技能実習制度の基本を押さえる
技能実習制度は、平成28年(2016年)に成立・公布された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)に基づき、大きく改正・運用されています。
制度の目的と基本理念の理解
技能実習制度の目的は、日本で培われた技能、技術、知識を開発途上地域等へ移転し、その地域の経済発展を担う「人づくり」に協力することによる国際協力の推進です。
したがって、この制度の根幹となる基本理念として、「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」という点が明確に定められています。監理団体などがウェブサイトやパンフレットで「人手不足解消のために制度を活用する」と勧誘・紹介することは、この基本理念に反する不適切な行為とされています。
制度の仕組み:団体監理型と企業単独型
技能実習には、大きく分けて「団体監理型」と「企業単独型」があります。中小企業が利用する場合、多くは「団体監理型」となります。
| 区分 | 特徴 | 概要 |
|---|---|---|
| 団体監理型 | 監理団体(非営利法人等)を通じて技能実習生を受け入れる。 | 監理団体が実習実施者の指導・監督、技能実習生の相談対応など、実習監理を行う。実習実施者は監理団体の指導に基づき技能実習計画を作成する。 |
| 企業単独型 | 日本の企業が、海外の現地法人や密接な関係がある機関の職員を受け入れる。 | 実習実施者自らが全ての責任を負い、監理団体は介在しない。 |
この制度の適正な実施と技能実習生の保護を図る中心的な役割を担うのが、外国人技能実習機構(OTIT)です。実習実施者は、技能実習計画の認定、実習実施者の届出、実施状況の報告などを機構に行います。
【落とし穴と行政処分対策】中小企業がすべき「3大チェック」
技能実習の実施を適正に行うためには、実習実施者(受入れ企業)は、法令を遵守し、認定を受けた技能実習計画に従って実習を行わせる責務があります。法令違反や不適切な運営が発覚した場合、行政処分として、改善命令(法第15条)や技能実習計画の認定の取消し(法第16条)の対象となります。
行政処分を回避するために、特に中小企業が陥りやすい「落とし穴」を回避するための「3大チェック」を紹介します。
チェック1:人権侵害・不正行為の絶対防止(最も重いリスクへの対策)
人権侵害行為や不正行為は、技能実習法において最も重く罰せられる行為であり、一発で認定取消しや欠格事由に該当する可能性があります。
人権侵害の具体的な例と禁止行為の徹底
技能実習法は、技能実習生の保護を重要視しており、以下の行為は法律で明確に禁止され、違反した場合には罰則(懲役または罰金)が適用されます。
1. 暴力、脅迫、監禁等による技能実習の強制の禁止
- 身体を叩く、足で蹴る、頭部を平手打ちするなどの暴力行為。
- 技能実習生に対し「国に帰れ」と発言するなどの暴言。
- 日本式の謝罪として土下座を指導する行為。
2. 技能実習に係る契約の不履行についての違約金等の禁止
3. 旅券(パスポート)または在留カードの保管等の禁止
不正な目的での偽変造文書等の行使の禁止
不正な目的で偽造・変造された文書や虚偽の文書を行使または提供する行為も厳しく禁止されています。
【具体例】:機構が実地検査を行った際に、賃金の不払いの事実を隠蔽するために二重に作成した虚偽の賃金台帳を提示した場合などが該当します。
このような行為は、技能実習計画の認定取消し事由(法第16条)となり、また、欠格事由として過去5年間は新たな認定を受けることができなくなります。
チェック2:待遇と労働環境の日本人同等性の確保(日常的なコンプライアンス)
技能実習生は、日本人労働者と同様に、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法などの労働関係法令の全面的適用を受け、保護されています。特に、以下の点について、不当な差別がないように注意が必要です。
報酬の「日本人同等以上」原則の厳格な遵守
報酬の額は、日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上であることが、技能実習計画の認定基準の一つです。技能実習生であることを理由に不当に低くすることは許されません。
- 同一労働同一賃金原則の適用
技能実習生(有期雇用労働者)も、同一企業内の正規雇用労働者との間で不合理な待遇差を設けることが禁止されています。 - 比較対象
同程度の技能等を有する日本人労働者がいる場合は、その職務内容や責任の程度を比較し、同等以上であることを説明する必要があります。日本人労働者がいない場合は、賃金規程や最も近い職務を担う日本人労働者と比較して説明を行います。 - 費用控除の禁止
技能検定等の受験料や監理団体に支払う監理費等の費用がかかるからといって、技能実習生の報酬の額を低くすることは許されません。 - 報酬の説明義務
雇用契約締結時、実習実施者または監理団体は、報酬、労働時間、休日、休暇、宿泊施設、食費・居住費など、技能実習生の待遇について、技能実習生の母国語で詳細に説明し、技能実習生がこれを十分に理解したことを示す書類を作成しなければなりません。特に手取り支給額についても丁寧に説明することが重要です
労働時間、残業規制の遵守
労働時間についても、日本人労働者と同じ労働関係法令が適用されます。
- 時間外労働の上限規制
原則として月45時間、年360時間が上限です。臨時的な特別な事情がある場合でも、年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)が限度とされています。中小企業もこの規制の対象です。 - 割増賃金
やむを得ず時間外労働を行わせる場合は、適正に割増賃金が支払われなければなりません。 - 深夜労働
技能等の修得を目的とする技能実習では、合理的な理由がない限り、深夜労働は原則として想定されていません。 - 二重契約の禁止
技能実習計画と反する内容の取り決めを技能実習生との間で行うことは禁止されています。例えば、「一定の時間外労働を超過した場合に最低賃金額未満の賃金額で支払う」という取り決めは、この禁止規定に違反します。
宿泊施設の適正確保と費用負担
技能実習生の宿泊施設は、法令に基づく基準を満たし、適正なものであることを確保する必要があります。
- 居住費等の適正化
食費や居住費など、技能実習生が定期的に負担する費用がある場合、その内訳と額が適正であることを説明する書類を提出する必要があります。
チェック3:必須の体制と書類整備の確実な履行(運営体制と監査対策)
技能実習を適正に行わせるためには、組織的な体制整備と、それを証明する書類の整備が欠かせません。
技能実習責任者、指導員、生活指導員の選任
実習実施者は、事業所ごとに以下の役職者を選任し、それぞれの責務を履行させなければなりません。
- 技能実習責任者
技能実習に関与する職員を監督し、技能実習の進捗管理、計画作成、法令遵守、帳簿書類の作成・保管など、技能実習に関する事項を統括管理する責任者です。 - 技能実習指導員
技能実習の指導を担当する者で、修得させる技能等について5年以上の経験を有している必要があります。 - 生活指導員
技能実習生の生活の指導を担当する者です。
これらの役職者は、過去の法令違反などによる欠格事由に該当しない者から選任する必要があります。
技能実習計画の確実な履行と帳簿書類の整備
認定を受けた技能実習計画通りに実習を行わせることは、実習実施者の最も重要な責務です。計画通りに行われていない場合、認定取消しの対象となります。
また、実習実施者は、技能実習に関して以下の帳簿書類を作成し、技能実習生が終了した日から1年間、事業所に備え付けなければなりません。
- 技能実習生の管理簿
- 認定計画の履行状況に係る管理簿
- 技能実習生に従事させた業務及び指導の内容を記録した日誌
- 雇用契約書、賃金台帳(労働関係法令上必要とされる書類)
これらの帳簿類は、機構による実地検査(立ち入り検査)や監査の際に必ず確認される項目であり、不備があれば行政指導や改善命令につながります。
技能実習生導入までの具体的なステップ(団体監理型)
団体監理型の場合、実習生の受け入れは、まず監理団体を選定し、その指導の下で計画を進めることになります。
ステップ1:監理団体の選定と契約
優良な監理団体を選ぶことが、適正な運用への第一歩です。監理団体は、主務大臣の許可を受けて監理事業を行います。
- 監理団体の種類
監理団体には、第1号から第3号までの全ての段階の監理事業を行う「一般監理事業」の許可と、第1号・第2号のみを監理する「特定監理事業」の許可があります。 - 監理団体の責務
監理団体は、技能実習の適正な実施と技能実習生の保護について重要な役割を果たすことを自覚し、実習実施者に対する指導・監督、技能実習生の相談対応などを適切に実施する責任があります。 - 優良な監理団体の確認
優良な監理団体は、法令違反や失踪者の発生状況、技能習得実績、相談・支援体制などが総合的に評価され、一般監理事業の許可を受けている場合が多いです。
ステップ2:技能実習計画の作成と認定申請
技能実習を行わせる実習実施者は、受け入れる技能実習生ごとに「技能実習計画」を作成し、外国人技能実習機構(OTIT)に認定申請を行い、認定を受ける必要があります。団体監理型の場合は、監理団体の指導に基づいて計画を作成します。
技能実習計画の主な記載事項
技能実習計画には、主に以下の事項を記載しなければなりません。
- 技能実習の目標、内容、期間
期間は、第1号で1年以内、第2号・第3号でそれぞれ2年以内です。目標には、技能検定や技能実習評価試験に合格することが含まれます。 - 技能実習を行わせる事業所と体制
事業所の名称、所在地、技能実習責任者・指導員・生活指導員の氏名などを記載します。 - 技能実習生の待遇
報酬、労働時間、休日、休暇、宿泊施設、技能実習生が負担する食費や居住費などの待遇を明記します。
認定申請は、認定基準を満たしていることを証明する添付資料(雇用契約書、雇用条件書、宿泊施設確認書類、技能実習生の履歴書など)を添えて、機構の地方事務所・支所の認定課に行います。
ステップ3:技能実習生の入国と入国後講習
技能実習生が入国した後、第1号技能実習生については、入国後一定期間、業務に従事させる前に入国後講習を受講させなければなりません。
団体監理型の場合は、監理団体が自らまたは他の適切な者に委託して行います。
講習の科目
- 日本語
- 本邦での生活一般に関する知識(地域のルール、金融機関の利用方法、自然災害への備えなど、日常生活に困らないよう丁寧に説明することが重要)
- 出入国又は労働に関する法令の規定に違反していることを知ったときの対応方法その他技能実習生の法的保護に必要な情報。この科目は、専門的な知識を有する者(監理団体の職員等を除く外部講師)が講義を行う必要があり、技能実習生手帳を用い、労働基準監督署等の相談先や、人権侵害行為を受けた場合の転籍に関する知識を確実に周知しなければなりません。
講習期間中の禁止事項: 講習の期間中は、技能実習生を業務に従事させてはなりません。
ステップ4:実習開始と届出
認定された技能実習計画に基づき技能実習生が業務を開始した際には、実習実施者は遅滞なく機構の地方事務所・支所の認定課に対し実習実施者の届出(法第17条)をしなければなりません。この届出には、実習実施者届出受理番号が付与されます。
導入後のコンプライアンス維持と技能実習生の支援の具体策
技能実習生を受け入れた後、行政処分リスクを最小限に抑え、国際貢献という目的を果たすためには、継続的なコンプライアンス管理と手厚い支援が不可欠です。
日常的な法令遵守の徹底(労働関係法令の適用)
技能実習生は「労働者」であるため、日本の労働関係法令(労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法、男女雇用機会均等法、ハラスメント防止対策を義務付ける労働施策総合推進法など)を日本人と同様に適用し、保護しなければなりません。
特に中小企業が留意すべき具体的な対策は以下の通りです。
- 賃金台帳等の記録の厳格化
賃金、労働時間、業務内容、指導内容を記録した帳簿(日誌)を正確に作成し、実地検査に備えて適切に保管します。虚偽の記載は不正行為と見なされます。 - . 労働災害防止措置の実施
労働安全衛生法に基づき、職種・作業に応じた安全衛生教育を必ず実施します。特に製造業や建設業、農業・林業など、危険を伴う業務については、機械の安全な使用方法や安全衛生対策を分かりやすく(母国語で)説明することが求められます。 - ハラスメント防止
技能実習生に対しても、パワーハラスメント等、人権を侵害する行為が起きないよう、実習実施者は責任を自覚し、環境整備に努めなければなりません。
技能実習生への保護と支援体制の強化
技能実習生は異国の地で生活しており、ストレスを受けやすい環境にあると考えられます。失踪やトラブルを防ぐためにも、手厚い支援体制が求められます。
母国語による相談体制と情報提供
- 相談窓口の確保
監理団体は、技能実習生からの相談に適切に応じる体制(相談体制の構築)を整備することが義務付けられています。実習実施者においても、技能実習生が母国語で相談できる相談員を確保することが推奨されています(優良要件の加点対象)。 - 緊急相談窓口の周知
技能実習生に対し、機構が設置している「技能実習SOS・緊急相談専用窓口」(暴行や脅迫などの緊急案件に対応する母国語対応窓口)の利用方法を確実に周知しなければなりません。 - 不利益取扱いの禁止
技能実習生が実習実施者や監理団体の法令違反を機構や行政機関に申告したことを理由として、技能実習の中止やその他の不利益な取扱いをすることは禁止されています(違反した場合、罰則の対象)。
転籍支援と技能実習の継続
実習実施者の事業・経営上の都合(倒産など)や、人権侵害行為などやむを得ない事情により技能実習の継続が困難となった場合、実習実施者および監理団体は、技能実習生が引き続き実習を行えるよう、他の実習実施者や監理団体との連絡調整その他の必要な措置を講じる責務があります。
- 転籍支援体制
機構は、転籍を支援する体制を整備しており、実習先変更を希望する技能実習生を受け入れる監理団体の情報を掲載する「実習先変更支援サイト」を開設しています。 - 妊娠・出産時の対応
技能実習生の妊娠・出産を理由とした解雇や不利益な取扱いは、男女雇用機会均等法違反であり、一方的に実習を打ち切った場合は、認定取消しの対象となります。技能実習生が実習継続を希望する場合、必要な情報の提供や助言、休業制度の説明など、希望を踏まえた対応が求められます。
行政処分を回避するための体制整備(優良要件の活用)
日常的に法令遵守を徹底し、優良な実習実施者として認められる基準(優良要件)を満たす努力をすることは、行政処分リスクの回避に直結します。
優良な実習実施者(法第9条第10号)として認められると、第3号技能実習(最長5年間の実習が可能)の受入れや、技能実習生の受け入れ人数枠が拡大するなどのメリットがあります。
優良な実習実施者の評価基準(中小企業向け重要項目)
優良要件の審査では、以下の項目が総合的に評価されます。
- 技能等の修得等に係る実績
技能検定等の合格率(過去3事業年度の実績)。 - 法令違反・問題の発生状況
• 直近過去3年以内に改善命令を受けていないこと(受けた場合は大幅減点)。
• 直近過去3年以内における責めに帰すべき事由による失踪がゼロであること(責めによるべき失踪は大幅な減点対象)。 - 技能実習を行わせる体制
技能実習指導員および生活指導員が定期的に講習を受講しているか。 - 技能実習生の待遇
第1号技能実習生の基本給が最低賃金の115%以上であるか(加点)、技能実習の段階ごとの昇給率が5%以上であるか(加点)。 - 相談・支援体制
母国語相談・支援の実施方法を定めたマニュアルを策定し、関係職員に周知しているか。 - 地域社会との共生
日本語学習支援や、地域社会との交流、日本文化を学ぶ機会を提供しているか。
特に「法令違反・問題の発生状況」において、改善命令(マイナス50点または30点)や責めによるべき失踪(マイナス50点)がある場合、優良認定を受けることは極めて困難になります。日常の運用で、人権侵害や賃金不払いといった重大な違反を絶対に起こさないことが、行政処分対策の最優先事項です。
国際貢献と企業の持続的成長のために
技能実習制度は、日本企業が開発途上国の「人づくり」に貢献する国際協力の枠組みです。中小企業がこの制度を成功裏に活用し、行政処分という落とし穴を回避するためには、「労働力確保」の側面よりも「国際貢献と人材育成」という本質を理解し、運用基準を厳格に守ることが不可欠です。
ご紹介した「3大チェック」を導入前から導入後まで徹底し、法令遵守と人権保護を最優先することで、技能実習生にとっても、そして受入れ企業にとっても、国際的な視野を持った持続的な成長を実現する鍵となるでしょう。
【3大チェックの要点再確認】
- 人権侵害・不正行為の絶対防止
暴力、脅迫、違約金、旅券保管は厳禁。虚偽の帳簿作成も即アウトです。 - 待遇と労働環境の日本人同等性の確保
報酬は同等以上、時間外労働規制(月45時間/年360時間原則)を遵守し、母国語で待遇を説明する義務を果たす。 - 必須の体制と書類整備の確実な履行
責任者・指導員・生活指導員の選任と、賃金台帳や業務日誌等の帳簿類の正確な作成・保管を徹底する。
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